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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和46年(う)154号 判決 1972年11月21日

主文

原判決中、被告人福冨文哉に対する関係において、訴訟費用の負担につき、原審証人高敏夫に支給した分を、相被告人大野修との連帯負担とするとした部分を破棄する。

原判決中その余の部分に対する被告人福冨文哉の本件控訴ならびに被告人古池博、同大野修および検察官の本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

弁護人の控訴趣意(追加)、法令適用の誤りの主張について。

所論の要旨は、原判決は、原審における訴訟費用につき、証人高敏夫に支給した分を被告人大野修、同福冨文哉の連帯負担とする旨言渡したが、同証人はもつぱら原判示罪となるべき事実第一の被告人大野、同古池の所為に関し、被告人大野のいわゆるアリバイを立証するために取調の請求をなしたものであるから、右事実と関係のない被告人福冨に対し同証人に支給した訴訟費用の負担を命じた原判決は、刑訴法一八一条の解釈適用を誤つたものである、と主張するにある。

よつて、記録を調査するに、原審第二五、二六回公判調書によれば、証人高敏夫については、原審第二五回公判において、主任弁護人梨木作次郎から「大野被告人の昭和四〇年九月三日のアリバイについて」との立証趣旨のもとに取調の請求があり、これに基づき取調をする旨の決定がなされたこと、そして同第二六回公判において同証人の取調がなされたことが明らかであり、また同証人の取調における尋問と供述の内容は、右立証趣旨の範囲内に止まつているものと認められる。他方、原判示罪となるべき事実の第一は、被告人古池と同大野の共犯による戸別訪問と事前運動の事実、その第二は、被告人福冨と同大野の共犯による戸別訪問と法定外文書頒布の事実をそれぞれ認定したものであるところ、右第一と第二とは各別個の犯罪事実に属するものであることが明らかであるから、もつぱら右第一の事実における被告人大野のアリバイを立証趣旨とする右証人高敏夫の取調は、右第二の事実のみにかかわるものとして起訴された被告人福冨の犯罪行為とは、関連性がないものというほかはない。そして、同証人に支給した訴訟費用が被告人福冨の責に帰すべき事由によつて生じたものであることを認むべき資料もないから、これを法律上同被告人に負担させることができない筋合にあることは所論指摘のとおりであり、したがつて、これを被告人福冨に対する関係において、被告人大野との連帯負担とする旨言渡した原判決に刑訴法一八一条一項本文、一八二条の適用を誤つた違法のあることは明らかである。

ところで、本案の裁判についての各被告人および検察官の控訴がすべて理由のないものであることは、前記説示のとおりであるから、このような場合には、刑訴法一八五条に照し、訴訟費用の裁判のみに対する当事者からの不服申立は、不適法として許されないものとせねばならない。したがつて、論旨は、この意味合において理由がない。しかしながら、本件におけるごとく、原裁判所が当該被告人に対し法律上負担させることのできない訴訟費用につき誤つて負担を命じたため、著しく正義に反するがごとき不当な結果を招来するような場合には、当裁判所において職権により調査し、その誤りを是正することができるものと解するのを相当とする(参考判例=最判昭三〇・一・一四刑集九・一・五二、最判昭三七・九・四判時三一九・四八、最判昭四六・四・二七刑集二五・三・五三四等)。けだし、他に独立した不服申立の手続を認められていない被告人に対し、右のように違法な不利益を受忍せしめるがごとき事態はできうる限りこれを避けるべきものであるところ、かく解したとしても、必ずしも刑訴法一八五条後段の明文に反することにはならないからである。そして、原判決のかかる違法を是正するためには、当該被告人に対する原判決の全部を破棄しなければならないものではなく、その被告人に対する関係において、誤つて訴訟費用の負担を命じた部分のみを破棄することができるものと解せられる(参考判例=最判昭四六・四・二七刑集二五・三・五三四等)。けだし、本案の裁判と、これに付随する訴訟費用負担の裁判とは、法律上可分なものと解せられるから、本件におけるごとく、後者(その一部)のみに違法の認められる場合には、その部分のみを破棄すればこれを是正するに十分であるのみならず、かかる取扱をなすことにより、訴訟費用負担の裁判に対する不服に便乗し、濫りに上訴する弊害を回避しようとする右刑訴法一八五条後段の趣旨に幾分なりとも副い得るものと考えるからである。

よつて、叙上の理由により、刑訴法三九七条一項、三八〇条を適用して、原判決中、被告人福冨文哉に対する関係において、訴訟費用の負担につき、原審証人高敏夫に支給した分を、同被告人と相被告人大野修との連帯負担とするとした部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告人福冨文哉に右訴訟費用を負担させないこととし、原判決中その余の部分に対する被告人福冨文哉の本件控訴ならびに被告人古池博、同大野修および検察官の本件各控訴は、前記説示のとおりいずれもその理由がないから、刑訴法三九六条に則りこれらを棄却することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(澤田哲夫 上野精 福島裕)

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